Toujours beaucoup

いつまでもたくさん

ラストラップ

一昨日の月曜に父親が退院するというので、実家に寄って母親をピックアップして病院まで迎えに行ってきました。

 

病室に入るともう片付いて何もない空間に、父親がまるで自失した人のようにポツンとひとり座っています。

 

「忙しいんだったら帰っていいぞ!タクシーで帰れる!」

 

同い年の石原慎太郎みたいに開口一番切れだしてしまいました。

 

朝から片付けて待っているんだけど、やることもなくてな!!

 

昼前ぐらいに来てくれれば、と言われていたのですが、どうやらそれは朝一にこいや、という事だったのですね。

 

末期がんのファーストステージでもう癌治療もやめ経過観察しながら、痛み止めを薬を服用しているだけなので、入院する意味もないということで、つまり追い出されたのです。

 

見たこともあるのですが病院飯も悲惨で、まるで貧乏な昭和のころの学校給食みたいで、そりゃ出たくなる気持ちもわかります。元来クレーマー気味の気質で、正論という刃物を振り回してきた典型的な高度成長時代人ですからまわりも大変なのです。

 

迎えに来た人に返す刀で帰れとはなかなかやりおる。

 

まあなんとか父親をいなしまして、清算と持ち帰りのクスリの説明を看護師からうけ退室です。

どこかで昼飯を食べたいというので、うどん好きな父親のことだから、僕的には一番好きな東京庵の本店に行こうか?といったらムスっとして黙ってしまいました。

そして

 

俺はブロンコビリーへ行きたいんだ!!!
俺はブロンコビリーのステーキが食べたいんだ!!!

 

まさかのブロンコビリー展開に驚きました。
食欲無いとか食べられないとかいってたのにステーキです。

 

ランチタイムのブロンコビリーでは20分ほど待たされ、短気な父親がまたブチ切れるじゃないかと冷や冷やしていましたが、無言のままグッと堪えていました。偉いぞ。

 

父親はランチステーキセットを完食し美味い美味いと言っています。

 

個人的には、学生時代にひと夏のバイトをした成田空港の東京フライトキッチンの、時々つまみ食いした機内食用のステーキ肉にそっくりな味で、ある意味懐かしい味でしたが、まあそんなにうまいもんじゃありません。

 

想い出フィルターにかけた父親の喜びそうな話を丹念に抽出しながらの小一時間のランチタイム。

 

時々店員にもモラハラぎりぎりまで絡み、中国人みたいに食べ散らかした隣のテーブルのファミリーに文句を言ったりしています。

 

周回遅れとなった父親が自分の前に現れてくるのは感慨深いものがあり、またその周回遅れが綺麗にラップさせてくれないのも、人生の深淵に立ったようで襟を正すような思いなのです。

 

父親はもうまともに動けないし、糖尿病も患っており味覚は麻痺して本当は味なんか分かんなかったと思します。合成麻薬系の痛み止め経皮薬も使用しているので、精神的もかなり苦しいは容易に予測できます。

 

それでも底の見えない死の淵を覗くところまで来たひとりの人間の矜持として、ラストラップをふらふらになりながら1つ1つコーナーをクリアしているのでしょう。

 

忠実なポスト員のひとりとして、ブルーフラッグは出せないな。