Toujours beaucoup

いつまでもたくさん

脳梗塞ダイアリー追い出される

終わらない施設側からの理不尽な扱いに入院後半にきちんと話をしました。

 

「おまえは黙って言う通りにしてりゃいいんだよ」

 

そんな対応も分かるのですがもう充分です。

 

頻繁に変わる担当看護師に極めて常識的な事柄を問い正しました。

人権にも関わる事です。

 

すぐに報告され、担当医がブチ切れてきました。

 

「あなはは自分を過信している。…云々」

 

「もちろんそれは理解しています。しかしこのままの状況だと、病状は回復しても、体力は落ち、仕事も取り返しのつかない事になり、社会的に死ぬんですよ、わかりますか?早期退院を希望します。」

 

特殊な環境に属している人間にわかるわけないし、理解してもらおうとも思っていません。作為的に医師をヒートアップさせる意図もあってこう返しました。

 

作戦成功。

 

明日にでも退院できますよ、と追い出されることになりました。

 

本日で脳梗塞発症からちょうど1カ月。

10/26入院の11/6退院で、ゆるやかに社会復帰しています。

 

心情としては、思うように身体が動かないのがすごく苦しいのです。


怪我で不自由を強いられたことは何回かあったのですが、全く性質が異なる不自由さですね。

小脳の平衡感覚、視界やバランス感覚をつかさどる部位の梗塞があり、かなり危惧していたのです。

 

ところがセンサー的なもの、バランス感覚はむしろ鋭敏になりました。


しかし感じとった感覚を、身体の動きにフィードバックするのに違和感があります。
IMUは問題ないのに制御がバグる感じです。

 

左眼の視野狭窄が出ました。ヘルメットのシールドに皮脂汚れがついているイメージで、慣れるまで当初はかなり違和感がありました。右眼でカバーせねばなりません。

 

入院中の厳しい食事管理と服薬で、俗世の毒が抜けた感がありますが、体力ゼロ。常にハンガーノックのような体感です。

 

血圧もかなり下げ管理されて、体感では貧血気味で少し疑問視しています。

 

脳外科の病棟での、脳がぶっ壊れたノーコンの患者の管理ゆえの傾向なのか、また僕もこの場所にふさわしくないでしょう。病院側の度々の理不尽な対応には閉口しました。もう少し患者に寄り添い、希望を持たせた方が、万事うまく行くのではないかとの印象を持ちました。優越的立場の濫用とも取れました。

 

もちろん感謝はしています。

 

 

いずれにせよ、一度死んだんだよな俺。


さよなら俺。

 

フローリングのシミになるのを免れたのはせめてもの幸いです。 

 

恥ずかしながら帰って参りました。


みなさまからのご厚情には心より感謝いたします。

脳梗塞ダイアリーday8

元気です。

 

三連休は医師もリハビリ士も休みだから、廃棄寸前のウンコ製造マシンとして飯食ってウンコしてるだけなんです。

 

これだったら自宅に帰してくれよなと思います。遠隔で血圧、体温、脈拍管理なんて容易だと思いますし。

またやる事なす事全てに文句を言われて閉口しています。

 

またちょっとした事件といえば、夜中に真っ暗な中で、クロスオーバーイレブンを聴いてたんです。


ゾッとするような気配に目を向けると、看護婦さんが胸元に灯りをつけて無言で入って来てたのです。例の暗闇で下から顔を照らすホラー状態で、死ぬほどビックリして変な声出たよ。

 

やめろやめろやめろ。まじでやめて。

 

 

脳梗塞ダイアリーday5

飯食ってウンコして、パンイチでストレッチして怒られて、リハビリしてるだけなんだけど、あっというまに1日が過ぎてしまう。

 

夜は昔のNHK FMクロスオーバーイレブンをずっと聴いてる。もやし君シリーズとか老ボクサーの話とかたまらん。


あーもうご飯の時間だ。

 

引きこもり10年とか理解不可能だったけど今なら理解できる。

 

そんなん余裕。

 

今晩は、ビアホール獅子王の俺たちのシゲちゃんに教えてもらった朗読アプリを聴いてみようと思う。

 

でもヘミングウェイとかは、猟銃で頭を撃ち抜きたくなるかもしれんからやめておこう。

 

いまさらだけど、クロスオーバーイレブンの『老ボクサーの夢』は『老人と海』のオマージュだったんだね。

脳梗塞ダイアリー day1

いつかはこうなると心の準備はしてきたのだけど。


脳梗塞でしばらく入院することなりました。

 

0740重たそうな曇り空。携帯のアラートは雨を告げている。起床しトイレに行き水を350ccほど一気した。


何か嫌な事が起こっているのを自覚した。
左手小指に若干の痺れ。左足に力が入らない。左膝靱帯の古傷でもともと少し立ち上がる力が弱いのだが。


予兆はあった。数日前にふらつきを感じて歩車のブロックの上を歩いてみると歩けなかった。それは一晩寝たら治った。

 

またあいつが来たんだ。音もなくひっそりと。

 

数年前の夏の夜、呂律の回らなくなった自分に気がついた。仕事中で素面だ。まわりも何か嫌な事が起きている事に気がついた。

 

そのまま僕は全身の力が抜け、崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。


お迎えが来た。終わったわ。

 

ところが二、三十秒ほどすると、力が漲ってきてパソコンが起動音と共に再起動するように復活した。瞬間的な脳梗塞のような「夏血栓」だったのだろう。翌日に脳神経外科で検査してもらったが異常なし。MRI画面にあいつの痕跡は残っていなかった。

 

『夏血栓って何?夏場に起きやすい血栓症のメカニズム』

やつは音もなく忍び寄ってくる。
気をつけろ

夏場は多くの汗をかきやすいので、体内の水分が少なくなってしまう「脱水」状態になりやすく、血液が濃くなりがちです。
血液が濃くなった場合、血管内で血栓ができやすい環境になってしまいます。
出来てしまった血栓は全身を回り、いずれ脳や肺などの血管に詰まる原因になります。

脳に詰まってしまった場合は脳梗塞となり、命に関わります。
一命を取り留めたとしても、麻痺などの重い後遺症を背負うことになりかねません。 これはつまるところ脳梗塞の予備軍だという事だ。

 

そしてついにその日がやってきた。
どうということはない。


黒い雲に覆われればやがて雨が降ってくる。
それだけの事だ。

 

手のひらを上に向け目の前に両手を差し出して目を瞑って10秒数える、やはり左手が少し下がってくる。間違いないやつの仕業だ。

 

観念して救急に電話をする。救急の指令に同級生がいるから、彼につながれば話は早いのだがと思いながら。それでも彼らは早かった。自宅マンション6階から消防署は見える1キロ弱の距離。ドアを開け外に出てエレベーターを待っているとサイレンの音が聞こえるきた。 

 

エレベーターのドアが開くと救急車のリアハッチを開ける音がして、使い込んだハイエースガソリンエンジンの音が聞こえてきた。

 

社内での隊員による診断は黒。筑波サーキット御用達の小山脳神経外科へ行ってくれと、冗談でも言おうかと思ったがやめた。


受け入れ先は豊橋東部の医療センターになった。旧国立病院で特殊な用途の病院だったとこだ。

 

処置室に収容されMRIとCT検査。複数箇所に梗塞が見つかった。発症から7時間程度の経過。
やばいって重症じやん。次は霊安室だな。


そもそも初動が遅かった。もっと早く対処すべきだった。もっと早期であれば即効性のある薬剤で血栓を溶解できたという。
 
ともあれ1-2週間の入院点滴治療とリハビリになりました。早期復帰を目指して尽力します。普通に歩けるしスマホ打てるから、体感的には2ー3日で退院できそうなんだけど無理かなあ。病院飯が簡素すぎて常にハンガーノック状態なのがつらい。牛丼とカレーをお腹いっぱい食べたい。 


またオアシスの日本公演に行けなかったのが残念。チケット取れてなかったけど。もし取れてたらオアシスのライブ会場で脳梗塞起こして出血して御陀仏だったかもしれん。


オアシスは宗教みたいなもんだから教祖さまの目前である意味成仏できたのになあ。

時は過ぎ 歌は終わった もっと言いたいことがあったはずなのに

はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと

 

この僕自身の、はてなブログ『Toujours Beaucoup ーいつまでもたくさんー』もちょうど10周年。

このブログタイトルは、ル・クレジオの著作『海を見たことがなかった少年 -モンドほか子供たちの物語』の中の『モンド』からきている。映画化もされていて実に感銘をうけた作品である。

モンド ~海をみたことがなかった少年~ - Toujours beaucoup

 

10年で変わったこと

もちろん色々なことが変わった。離婚して、両親が死んで、子供たちが成人して、息子は工員になり、娘は作家になった。そして二人とも結婚した。

ブログを始めたころは、まだまだ文章が上手く書けなかった。いま読み返すと赤面しそうな文章も多いし、色々な作家の影響を受けすぎていてキモい。

文章を書くプラットフォームも変わった。はてなブログから、フェイスブックやインスタグラムなどのSNS、noteなど。

そして今は内に向かって書いている。自分の中の螺旋階段を下りていくように、いろんな物語を書いている。現実でインスパイアされた印象的な出来事を入り口にしたり、過去に横穴をつなげてみたり。これは自分の卒業論文みたいなもので、いつか日の目を見るかもしれないし、自我を失う前に消してしまうのかもしれない。

もうひとつは、お金をもらってムック本にコラムを書くようになった。マニア向けのムック本で、ガチガチの理系の大御所の「俺凄いだろ語り」が中心なので、箸休め的に抒情的な歴史語り調スタイルで書いている。

 

10年で変わらなかったこと

Toujours Beaucoup  ーいつまでもたくさんー

この気持ちは今でも変わらない。

 

ピンクフロイドの『Time』という示唆的な曲がある。

Tired of lying in the sunshine, staying home to watch the rain
You are young and life is long and there is time to kill today
And then one day you find ten years have got behind you
No one told you when to run, you missed the starting gun

陽だまりにも雨を眺めるのにもうんざり

君はまだ若く時間もたっぷりあり日々を無益に費やすことができる

そして君はある日10年という時間が過ぎたことに気がつく

君がいつ走り出せばいいのか誰も終えてくれなかった

君はスタートの合図を聞き逃したのだ

And you run, and you run to catch up with the sun, but it’s sinking
Racing around to come up behind you again
The sun is the same in a relative way, but you’re older
Shorter of breath, and one day closer to death

君は太陽を追いかけ走る。だけど太陽は沈んでしまった。

そしてまた後から追いかけてくる太陽との競争だ

そして君だけが老いていく

息は苦しく野垂れ死にする日はすぐそこだ

 

 

オッケーそれでいいよ。上等だ。

戦場のメリークリスマス

10代の終わりごろに母親と初めて二人だけで観たのがこの映画。
母親の提案で行ったのだが、なぜだかは分からない。
今だから分かるのだが、映画自体はちょっと異質な映画で当時の僕には早すぎたし、当時の北野武や坂本竜一がストーリーの本質を理解していたのかどうかは分からない。
ホモセクシャルな表現ばかりが気になって、捕虜収容所長の坂本がメイクしているのも理解不可能だった。
でも、いまこのダイジェストをおさらいして理解した。
まずはデビッド・ボウィ。
厳格なイギリスの階級社会の底辺から、光の当たる世界に這い上がってきたばかりの彼は、恐ろしいほどのオーラを纏っていて輝いている。だが歯並びはガチャガチャで出自がばれてしまう。
だがボウィは、子供達の人権が蹂躙される厳しい戒律のパブリックスクール出の将校役(そこで実弟を見殺しにしたトラウマがある)を見事に演じていたような記憶がある。ロアルド・ダール『少年(a boy)』『単独飛行(going solo)』の世界である。
軍隊のホモ指向が少女マンガ化した日本陸軍(とにかく精神性が幼い)の将校役が、メイクしたボンボンの坂本竜一というのがまたいいではないか。
屈折したイギリスの階級社会と正義(ノブレスオブリュージュのような)、イギリスに少し似た煮込みすぎた島国文化の日本の独特な男社会を、南の果ての島の人食い族の煮えたぎる窯にぶち込んだような世界観。つまり戦争社会が見事に演じられていたのではないか。
母親がどう感じていたのかは知らない。
ほとんど会話のない母子であったから。
最後の最期まで。
だけどおかげで、最後の1年の会話はほとんど思い出すことができるし、2人きりだった50年前の岐阜の長屋の借家時代の会話まで思い出すことができる。
日付が変わってしまったけど、メリークリスマス。
そして明日は僕の誕生日だ。
山羊座のAB型だし、いつもクリスマスと誕生日がごちゃごちゃになってしまうけど悪くはない。

 

 

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あじさいと沐浴

あじさいと沐浴』

城 蛍(たち ほたる)

この時に生き、この時に想い、この時にカタチにする

娘の2回目の個展です

お気にかけて頂けたら幸いです

会期:6/6(土)~6/28(日)
12:00~19:00[月火水休廊]
会場:MAKII MASARU FINE ARTS
東京都台東区浅草橋1-7-7

 

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