Toujours beaucoup

いつまでもたくさん

全日本の筑波に行ってきた

 そこだけはまるで濁流に取り残された中州のような場所だった。

 3年ぶりの筑波サーキットは時の流れが止まっているかのようになにひとつ変わらぬ顔をしていた。初めて訪れた1984年と景色をすり換えても殆んど違和感を感じないだろう。関係者、サーキット職員らもそのまま年月を経ているだけで、まるで玉手箱を開けてしまった後を見ているような気分になった。竜宮城の想い出は胸の中に留めておくべきだったのか。

 2012年全日本ロードレース選手権第3戦MFJスーパーバイクを久しぶりに見学してきました。

・ST600を席捲しているタイ人ライダーの秘密
・4スト化されたJ-GP3の状況と、エンジンを担当したGP-MONO改の確認
・全日本のいま

 時計の針を戻されたかのような錯覚で、朝のフリー走行は始まるまでは、淀んだ空気が滞るような雰囲気にやられあまり良い気分とはいえなかった。フルグリッドのJ-GP3、ST600は一見激戦しているようだけど、朝フリーを見ると上下のレベル差はかなりあり大味な印象もうける。そしてダメな人はダメなまんま。まるで自己愛に溺れ陶酔しまた逃避しているようだ。あるいはしばらく離れたせいで冷めた目線が過ぎたかもしれない。

 しかしやはり入賞圏内を走るライダー達には圧倒された。高いスキルと集中するその姿は、それまでの努力の積み重ねと未来を感じさせ見事であった。天候にも恵まれ決勝が始まることにはかなりの観客で、その華やかな雰囲気と上位ライダー達の姿に僕の気分も回復した。

 担当したJ-GP3車両は燃調を若干修正させてもらい、それは良い方向に作用したようだが、エンジンチューニングの結果、少々デリケートなキャラクターとなった面も感じた。また走行中の車体のセットアップの方向性が、ライダーに事前に聞いていたイメージと異なったりもしたが、それはおそらく再構築の必要がありまた全く別の話になる。 他にもJ-GP3には色々と感じる所も有りアイデアも湧いてきたが、現状ではそれをトライできる立場ではないので、酒の肴にしかならない。

 J-GP3決勝進出の36台の内、34台がNSF250R。TEC2のオリジナルシャシーにNSF250Rのエンジンを搭載した渾身の1台。そしてもう一台がうちの2005年製作のGP-MONO改。もちろん7年の年月のあいだ数々のバージョンアップはしている。ライダーの頑張りも有り、その他大勢のNSF250R勢とは互角に走っている。その孤軍奮闘する姿は第三者の目にはどう映ったか?その価値を評価されたのか?それとも最後の悪あがきか?ライダーの個人的な事情も有り(簡単に言うと結婚だ)、おそらく彼にとっての全日本は最後になり、マシンも同様だ。

 濁流に取り残された中州から生還することはできたのか?

 J-GP2はやはり上位のレベルはかなり高く、車体の造り込みや方向性はかなり参考になった。タイヤのパフォーマンスを発揮するために、車体骨格から手を付ける必要があるようで高度なレベルが要求され実に興味深かった。

 そしてST600。トップ争いは優勝した日本人の若手の津田選手とタイ人の一騎打ち。これは個人的な感想だけどタイ人のバイクの車体セットは激しいトップ争いで限界を超えていた様で、それでも卓越した身体能力でカバーしていたが、ラストには完全にタイヤが終わりラスト1周のオーバーランで決着。とにかく「絶対に勝つ」という気持ちが強く伝わってきて、真剣勝負の迫力には心打たれた。

 JSB1000はヤマハの中須賀選手のマシンのヘッドパイプの補強が壮絶でそこまで要求しているのかと驚いた。ホンダ勢は現状のパフォーマンスを100%発揮する作業に追われるように見えるのに対し、孤軍奮闘のヤマハの中須賀選手は意識レベルを高く置き常に100%を越えた所にハードルを設定し、それを達成すると同時に更にハードルを上げる作業をライダー主導で行っているように感じた。だからもうレースが始まる前に決着が着いているようなのもあり決勝レースは観戦せず早めに帰途についた。

 でもやっぱり色々な想いがあるほどに筑波サーキット大好きです。ドラサロの後継者になりたい(笑)
 チャオ

 ※あくまでも僕の個人的は感想です。えらそうにすいません。
 ※5/17加筆しました

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