おやすみなさい
うちのマンションのエレベーターで時々一緒になるアルゼンチン人女性がいる。
いや、勝手に僕がアルゼンチン人だと思っているだけで本当は知らない。
寒い地方の海のそばに住んでいそうな少し影のあるきれいな人だ。
知らない女性と二人きりのエレベーターは気をつかう。
最初は僕が先に乗っていてその人が後から乗ってきた。
「こんばんは」と僕が言う。不自然にならない程度にニッコリとして。
その人もニッコリと笑う。
「何階?」
「ゴウカイデス、アリガト」
その人が5階で下りる。僕は6階だ。
「おやすみなさい」と僕が言う。
その人は振り返りながらまたニッコリと笑う。
最初の緊張感は解けて今はむしろホッとする20秒間だ。
今は先に入った方がフロアボタンを押す。5階と6階だ。
おやすみなさい
遠くどこかを思わせる香水の匂いをほのかに残しながら、その人は閉まるドアの向こうに消えていく。
この距離感は好き。