Toujours beaucoup

いつまでもたくさん

マイノリティーとしての矜持

南の島から転校してきた東海地方の小学校は陰鬱に感じられて息が詰まりそうだった。

そこには明るい色というものが無かった。
木造瓦葺の校舎の光を反射しない暗い瓦の色。
水泳の授業。空挺部隊のようにみんな次々と飛び込んでいく。順番が来て意を決してプールに飛び込こむと、そこは暗緑色の世界だった。パニックで泳げなくなった。
 
クラスにKという女の子がいた。Kの顔は鮮明に覚えている。少女時代にしか存在しない無垢の輝きをもつ美しい顔立ち。まわりとは明らかに異質な美しさ。
地方都市の郊外の小学校は同調圧力の強い村社会のようなものだ。異質なものは排除される。
 
南の島からきた転校生。
あまりに美しい顔立ちのK。
 
Kの家庭は貧乏なのかネグレクトのせいなのか、Kはいつもヨレヨレの服にベタベタした髪の毛と清潔感が無かった。それは排除するための最適な理由になる。
Kは孤立と時折向けられる集団サディズムに堪えるしかなかった。
 
腐った水にしか思えないプールでの水泳の授業は継続困難だった。ある日仮病を使って保健室のベッドで休んでいた。白いカーテンが時折吹く風で揺れて光の色が変わった。
 
「S君も大変ね」
 
女の子の声がした。
なんと答えていいのかわからない。カーテンを開ける音がした。
 
「私はいいの、ずっとだから」
 
声のする方に身体を向けると、Kがベッドに腰掛けている。
いつも青白いKの顔が上気したのかほんのり赤みを帯びている。初めて声を聞いたのかもしれない。
 
「沖縄は熱いの?みんなやさいしの?」
 
沖縄の映像や思い出が一瞬にして脳裏に浮かんだ。
 
「うん、全然違うよ」
 
「わたし沖縄に行ったら…」
 
保健室のドアが開く音がした。
 
記憶の中の色のない世界に、Kのほんのり赤みが差した顔がぼんやりと浮かぶ。
 
時は遡り、沖縄に行く前は、小2の1学期まで岐阜にいた。転校する時にみんながメッセージを一枚一枚書いてくれた。その中に印象的なメッセージがあった。
 
沖縄はどんなところなのかな、海はきれいかな。
私もすぐまたどこかへ転校するの。お父さんの仕事の都合で、ずっと転校ばかり。
家では勉強勉強で毎日つらくてつらくて。
 
頭が良くて、ちょっと大人びた転校生の女の子からで、小2とは思えない達筆なメッセージと自画像のイラストが四つ切の藁半紙に鉛筆で描いてあった。
 
彼女もKといい、そのひたむきさはとても印象に残っている。
ふたりのKは今どうしているんだろう。
 
リコさんの少女時代は、早熟すぎる自我と身体を持った美しきマイノリティーとして、唇を噛み締めて前を向いてエッジを生きてきたのだろうか。