かくも長き不在
12歳の時マーティン・ピストリアスさんは髄膜炎で昏睡状態になり、意識不明の植物状態になった。
ところが2年後の14、5歳の頃には意識だけは目覚めた。だが目が見えるだけで視線すら動かせず、もちろん体も動かずに誰にもそれを伝えられなかった。
「死んでくれたらいいのに」
疲弊しきった母親はそう口にしたという。
「単に存在しているだけだった。暗いところで消えようとしているみたいに」
彼は次第に考えることを諦めた。
そして彼は体の中に閉じ込められた。
暗い井戸の底に閉じ込められたのと同じだ。空だけは見える。みんな井戸端にやってきては、色んな話をするし、容赦なく色んなものを投げ込む。
ところが10年後、彼の脳は24歳になってから機能しはじめ、同じころに身体も働きはじめたのです。そして39歳となった現在、彼は結婚もして普通の毎日を過しているそうだ。
なかなか眠りにつけない子供の頃考えたことがある。闇の世界、かすかに聞こえる遠くの貨物列車の音。
もし目が見えなくなったらどうなるんだろう。どんな生活になるんだろう。
もし体が動かなくなったらどんな気持ちなんだろう。
這い上がることのできない井戸の底に閉じ込められたらどうすればいい。
「堪えられない」
それが結論だった。彼のタフなメンタルには驚嘆するしかない。
そして母親を責めることはできない。 結果として彼がここにいるということは、母親は間違っていなかったということだ。
パリでうらぶれたカフェを営む女性テレーズ(アリダ・ヴァリ)は恋人もおりささやかながらも幸せな生活を送っていた。そんな折、「セビリヤの理髪師」の一節を口ずさむ記憶喪失の浮浪者(ジョルジュ・ウィルスン)を見て驚愕するテレーズ。彼が戦場に行ったまま行方不明だった夫アルベールにそっくりだったのだ。果たして彼は夫なのか。テレーズは何とかして彼の記憶を呼び起こそうとするのだが…戦争が人々に残した傷を淡々と描き1960年カンヌ映画祭グランプリ受賞。