天使の夢 映画『天気の子』
すこし前の話とはなりますが、映画『天気の子』を観てきましたよ
8/15終戦記念日の別名だと日本が滅んだ日です
しかも台風の中たまたま東京から帰省していた娘と行ってきました
ええ実に良い映画でした。
『天気の子』サブタイトルは『Weathering with you』で『weather boys 』じゃないんです
最初それで、え?なんです
だってweathering って風化するとか、困難を乗り越えるという意味かあるのです
どこが天気の子やねん
でもっていきなりのエンジェルビル
昭和の青春ロードムービー『傷だらけの天使』の聖地で、現実にも地権絡みのかなりの曰くつきで、廃墟として存在する代々木会館なんですよ
アキラが天に召されたペントハウス横に、昭和のレトロビルの屋上に散見された赤い鳥居が創作として存在し、お盆の茄子と胡瓜の馬のお飾りがお供えしてあるのです
その鳥居をくぐると…
原作監督の新海さん得意の輪くぐり伝説です
いや新海さんすごいわ
ここでハッとしました
お盆の茄子と胡瓜の馬はご先祖さまが早く帰ってくるための願いをこめた意味があります
ああ…もう彼らは死んでいるのだ
2人でエンジェルビルから身を投げたのだ
オープニングでは、小笠原諸島から家出した少年が客船のデッキの上で、突然のピンポイントの嵐に命を奪われそうになりますが、たまたま居合わせた青年に救われます
ほら時々船から人が失踪することがありますよね。そのまま行方知れず原因不明で。
それって発作的な自殺というか、海に自己意識が投影された幻想を見て吸いこまれてしまうのです。
夜の駆逐艦
艦尾に着いてみると、新兵たちは食缶をそのままにして、茫然と海の彼方を眺めていた。
一面に真っ暗な空。水平線も分からない黒い海。その中に青く長い線がくっきりと浮かび、足下の艦尾から海面を真っ直ぐにどこまでも延びている。美しい、幻影を見ているようだ。
本艦は今、二十ノット以上で驀進している。二つのスクリューは高速回転で太平洋の黒潮を掻き回している。ゴーッと吠えている汽缶のエネルギーが、夜光虫の光の線となって、冷たく美しい航跡を描いていた。
ここへ来い。この美しい光の帯に乗れ。一歩踏み出すだけでお前は楽になれるのだ。そうだ、もう一歩だ、と呼んでいる。今のこの苦しみからなんとか逃れたい。飛び込もうか、一歩進むだけだ、どうしよう。
誰の目元も濡れていた。思いはみんな同じである。今ここで誰かが飛び込めば次々と行動を共にしたことであろう。
「おい皆、ゼンザイは食えたか」
突然、誰か声を出した。ハッと我に返って命を取り止めたのである。いま思い出してもゾッとする。海軍生活四年半のうち、本気で死のうかという気になったのはこの時だけであった。死に神に招かれたとは、こういうことを言うのであろう。
こんな第二次大戦中の水兵の話がありました
ここで命拾いした少年が「どん兵衛」を食べるシーンで、お湯を注いだあとの蓋の重しでサリンジャーの傑作古典青春小説の『ライ麦畑で捕まえて』の単行本を乗せていました
しかも村上春樹さん翻訳というマニアックなもの
なんというメタファー
サリンジャーを聖書として携えて家出したが、実際にはカップヌードルの重しとしてしか役に立たないのです
ねえ村上春樹さん
やれやれ
例によって東京の街を、新海フィルターを通した美しい背景画で描いていて、ストーリーも含めてノスタルジーとファンタジーの融合がもう涙腺崩壊でした
山手線沿いの坂道が一番刺さったのですが、新宿から代々木渋谷にかけての情景というか街の景観描写がもう精緻すぎてぐらぐらしました
アンチテーゼのように新国立競技場も何度も俯瞰していて。設定は2021年らしいのですが、劇中ではまだアナログ放送のテレビがあったりします
新海さんお得意の情景描写の時系列をぐちゃぐちゃにしているところも、なんかぐわーってなりました
過去に非日常を求めるオッさんほいほいでもあり、リアルに生きる若者にも突き刺さる間口の広さで娘も感動しておりました
新海さんバケモンです
映画では異常気象から東京を救うために少女はエンジェルビルから天に召されますが、少年は天気なんか狂ったままでいんだ!と少女と再会することができます。東京は水没してしまいますがね
そう社会を捨て「バルス!」と唱えてしまったのです
私見ですが、実際にはエンジェルビルから2人は身を投げたのです
ところが芥川龍之介や太宰治のように少年だけが助かってしまったのです。どこにも戻ることが出来ず、エンジェルビルでお供えをして天使になった彼女が下りてくるのを待つも、長雨で風邪をこじらせて『傷だらけの天使』のアキラと同じように野垂れ死ぬのです
そして晴れ渡る空の中ひさびさに顔を出した太陽が少年の頬を照らしていたのです。
天気じゃなくって天使の夢だったのです
エンジェルビルこと代々木会館は戦後復興の象徴としての1964東京オリンピックと時を同じくして建てられました
そして来年の2020東京オリンピックを控えた今年、エンジェルビルの主人公だった萩原健一が亡くなり、エンジェルビルが重要なキーとなったこの映画が封切られました
そしてなんとエンジェルビルこと代々木会館の解体が始まりました
地権問題は2020東京オリンピックを契機として解決したらしいのです
行き場のない非正規の若者たち
2020東京オリンピックの虚像
終戦記念日またの名を日本の滅んだ日に、実に感慨深い映画を観ることができました
映画を観終わって外に出ると台風のピークは過ぎ、すっかり静かな夜となっていたのも不思議な偶然を感じたものです
ああ馬鹿げていることは知っているさ
いろんな感想や考察や解説がまとめてあります。
映画は観る人のヒストリーや感性を映し出しているもので、これらのレビューは実に興味深いものです。