Toujours beaucoup

いつまでもたくさん

泪橋の桜の向こう側へ

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2キロほど離れたお客さんの家まで車検から上がったバイクを届けてきました。
 
最高の天気だし積み下ろしの手間よりはと、乗って行って届けてジョギングで帰ってきました。
ヘルメットを持って街着で走ってるから「盗難車を乗り捨てて逃走する男」になれます。
 
桜も満開でポカポカの陽気で、最高に気持ちの良い日です。
 
帰り道は桜の綺麗な大きな公園を潜り抜けてきました。大勢の人々がまたとないような最高の一時を楽しんでいました。
 
子供たちも大勢。
小学生の数人のグループが公園のあちこちにいたのですが、そろいもそろってDS?(ほとんど知らないし興味もない)でゲーム?を大盛り上がりでやっている。
 
どんなアウトドアなんだよ、なんて思いながら自分のことを回想しました。
 
僕のその子供たちの年頃は岐阜から沖縄へ移り住んだ時期。エキセントリックな街に不発弾まみれの自然もいっぱいあったところだし、いやそれしかなかったか、遊び道具も昭和博物館にあるようなものしかない、それよりもひたすら山、川、田んぼ、学校、広場、はるか遠くの海や時には街で遊んでいました。
遊ぶというよりは毎日が自分の限界を試す冒険でした。
 
そんなことを思い出したのですが、無限の空が広がるアウトドアで小さなモニターの中の世界に夢中になっている子供たち。
 
何だかもったいないですね。
 
でも子供達は時間と可能性を無限に持っているのです。手を組むのは下手くそだし不公平ですが、子供達はカードをいくらでも持っているのです。
 
それにそんな少年時代を過ごしたからって、僕は大層な人間になっているわけでもなく、むしろ世間的にはダメな大人になっています。手持ちのカードではもう何ともなりません。ゲームセットの時間は迫っています。
 
僕の息子は公園でゲームやる世代だったからといって道を外すわけでもなく、ちょっとアホだし小さくまとまっているけど堅実に生きている。崖から目をつぶってダイブするようなことはしません。バイクのセンスなんかも抜群だったんだけど、本人は「別に」とかいってデビュー前に引退しました。
 
桜の花の美しさと切なさは、様々な想いを呼び起こしそれは遠く届きます。桜の散る中無念にも散っていった祖父の世代への想いにも。桜花とはBakaBombという意味もあります。
 
活かさせてもらっていてすみません。
 
 
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