Toujours beaucoup

いつまでもたくさん

遠回りと言い訳の末に

courrier.jp

パールハーバーに観光として行ったにしても、真珠湾攻撃日本海軍の艦爆に撃沈されだ戦艦アリゾナは漁礁ではない。加害者側の慰霊碑として厳しい視線も浴びアウェイとして真摯に振る舞うべきである。

歴史上最初で最後でなるであろう原爆被爆地のひとつ広島への、現職アメリカ合衆国大統領として史上初、ノーベル平和賞受賞者でもあるオバマ大統領の慰霊訪問。

 

一般的なアメリカつまり勝者の歴史認識としてこう記述されている。 

「米国の歴史では、原爆は、第2次世界大戦を終わらせ、何百万人もの米国人の命を救ったという位置づけです。ゆえに歴史は広島と長崎への原爆投下で終わり、2つの都市で起きた惨劇については語られていません。

一方、日本の歴史は、原爆投下とその甚大な被害から始まります。戦後、日本がどのように平和国家への道を歩んできたかにはフォーカスされますが、それまで続いた悲惨な戦争が登場することはないのです」

 

ネットでアメリカの反応を見ていると、だったら安倍首相はパールハーバー、南京にも行くべきだ、という声がかなりあった。一方原爆投下は日本のためにもなった正当な戦争行為あるから広島に行くべきではなかった、という反論はネットにおいては少なかった。

まともな反応であろう。

 

この記事の問題提起は尤だ。だが書き手の意識レベルがあまりにも気になった。

記者としていいのかはわからないが以後こう表記する。記者はハイキャリアの国連職員で平和支援活動をしているにも関わらず「バターン死の行進」を知らなかったという。

これは別に、ニッカポッカにドカジャンの鬼瓦権蔵ならそんなこと知らなくてもいい。でも記者の立場で知らないのはあまりに不勉強だ。義務教育の教科書にも載っている歴史認識でマストだ。

でもいい。その不勉強さを悔い改めて倍学べばいい。ところがこの記者さんはそれがこんなロジックになっている。

 

しかしながら、米国人にとってこれほど大きな意味を持つバターンという土地を、恥ずかしながら私は知りませんでした。同僚たちはもちろん私を責めたりはしませんが、むしろ、私自身がこの事実に大きなショックを受けました

 その結果

真珠湾が米国にとっての「広島」なら、バターンは「第2の広島」のような存在だと言っていいでしょう。

 

ただの感情論になってしまっていてあまりに公平さを欠いている。

バターン死の行進」の事実関係については諸説あるからここでは言及しない。

だが捕虜虐待ということにしても、それを民間人無差別大量殺戮を同列にするのは明らかに無理がある。

気をつけた方がいい。

 

記事のタイトルの通り、安倍首相は今回のオバマ大統領の尽力に報いてアメリカ人の希望する「パールハーバー慰霊」に行くべきである。

だが、日本国内の文脈としてはパールハーバーは自衛行為であり、大陸と半島を先に配慮すべきあるからにして・・・

靖国問題の国としての対応と同じで、結論なんか出るわけもないし出すつもりもない。日本得意の、うるさい関係者が力尽きるまで放置プレイ作戦だ。

僕も常々言ってはいるけど、世の中にははっきり白黒つけずに自然治癒に任せたほうがいい問題も多数ある。

でも今回、オバマさんが広島まで出っ張ってきた以上、相応の返礼をするのは筋ってもんである。

言い訳はどうあれ、結果としてパールハーバーは奇襲攻撃になったわけで、安倍総理はいつものようにお腹が痛くなるかもしれないけど、12/8にパールハーバーに行ってアリゾナの上に立ちに行ってきんしゃい。

他の歴史問題に対する対処の優先順位をブッチする理由づけもできたわけだし。

 

記事はこんな風に締め括られている。

 

第2次世界大戦を乗り越えた日本が発するメッセージは、今後ますます大きな意味を持つようになるのです。

 

核廃絶問題も、裏では核配備を検討していた佐藤栄作ノーベル平和賞を返上するくらいに、逃げずにやらなきゃ誰も相手にしてくれないと思う。

核兵器ウラン調達精製から技術的も、現実的に短期間で製造は可能であるという結論まで達したという。

 

 

 

pooteen.hateblo.jp