Toujours beaucoup

いつまでもたくさん

正論はおいしい紅茶であるべきだ

大人げない話であるが少しだけ。

 

人気社会派女性ブロガーの記事を読んでいるとイライラする。

 

何故なんだろう。いたって正論なのに。

もちろん正論だけでは、万人が幸せになれないのはご本人も重々承知であろう。全てが正論だったら正論の中で序列がつくようになり、そこから悪意が発生するジレンマもあるだろう。

正論と性善説はまた別の話だけど、共通するのはどちらも空腹を満たすことはできない。

 

正論ババアはいう

この話を誰にでも見られるネット上に書いておけば、それを読んだ日本のどこかにいる12歳が、将来、秘術や資産やリーダシップをもって、この問題を解決するのに大きな力を発揮するかもしれない。

そうなったら、あたしもこの問題に大きく貢献できるってことじゃん。(ベトナム戦争での不発弾処理問題について)

 

また外国人観光客は現地の子供から土産を買うべきではないという。

その国では義務教育を重視し無料であるし、子供たちに学校に行かせるために、家族労働である路上の物売りを止めさせるべきである。そのためにも、外国人観光客は子供たちから土産を買うべきではない。政府もそういっていると。

 

たしかに正論だ。でも物売りが成り立たなくなったら、子供たちは他の労働をするだけだ。将来のために学校は必須であるというのをデフォルトにするのは別の方法が必要だ。

 

まるで、先進国民は発展途上国の搾取労働で生産されているファッションブランド不買運動をするべきだという脳内お花畑理論と同じだ。

 

かつて日本もどうしようもなくビンボーな国だった。

それでも家督や家族労働の交代要員のために子供はたくさん作った。家督や直接家族労働以外は、口減らしのために兵隊に出されたり、苛酷な絹糸工業労働や炭鉱労働に駆り出されたり、気の毒な女の子は花街に売られたり、あげくは唐行きさんになったりした。

 

また弱いものは道を断たれる、残酷な自然淘汰の形でもあった。

 

地獄の軍隊生活に入った農村出身の15歳の少年のこんな話がある。

「軍隊はひどい暴力社会で、地獄のシゴキで毎日死ぬ思いである。でも少なくとも、夜が明けてから起きることができるし、腹いっぱいたべることもできる。夜になったら眠ることができるからまだマシだ。」

軍隊より農村での労働の方が苛酷であった、という話は多い。

 

もちろん安易に路上の物売りから同情を買うべきではない。

だが本当に家族のために頑張っている子供から買うということは、子供にとっては学校から学ぶことよりも糧となるのではないか。

似非物売りや物乞いに騙されたとしても、あたなの目が節穴だったということ、それまでだったということだ。

 

他国に観光に行って他国の生活に干渉するということは、売春婦を買っておきながら説教するようなものだ。

 

結局のところ、それは彼らや彼らの国自身の問題である。

 

貧乏な日本が貧乏な満州に進出して作り上げた満州国には、レーニン(国)にも責任の一端がある大飢饉の影響で、ロシア系やユダヤ系の難民が溢れて、花売りの少女が路上に並んだという。もちろん花というのは彼女たち自身も含まれる。

 

また満州国には半島系開拓移民も多く勤勉に開墾したが、土着の大陸系民族や官憲に略奪や迫害を受けるなどの苦難もあった。満州は農業国であったが、中国全体にも共通するが、開拓開墾はあまり熱心ではない怠惰な農業のスタイルだった。

これは清のみならず、中国は代々農民に対し過酷な年貢を課し、匪賊による略奪も多い地域であったから、開墾意識が低かったといわれる。

日本は山林、荒れ地、新田など開拓開墾意識は高かったのと対照的である。国土が狭かったのが開拓意識を高めた側面もあったのかもしれないが。


半島系開拓移民が泥湿地帯を開墾すると、土着の満州人に奪われるといった事件も頻発。官憲が半島系開拓移住者の農民を襲撃して、残忍さを植え付けるために幼児の指を切断するといった事件や、日本人旅行者が金品を奪われて殺されたり、日本人開拓移住者が畑の小屋で生きたまま焼き討ちされるということもあったという。

これが90年ぐらい前の話。

正論ババアが指摘する国は、不発弾がそこら中にあり、文盲率が15%で国が学校教育に熱心で、無料で義務教育を受けることができるらいという。

これって僕が通った1970年代の沖縄の小学生時代ぐらいでもある。文盲のお年寄り(15%以下だとは思うけど)もいたし、不発弾だらけで、新聞配達など普通に子供たちが働いていた。

 

かの地のことは共産主義化しないように、NPOしながら見張っているだけでいいのかもれない。