Toujours beaucoup

いつまでもたくさん

小さな死 映画「モンド 海を見たことのなかった少年」

モンド ~海をみたことがなかった少年~ - Toujours beaucoup

 
この映画との出会いはまさに邂逅だった。
娘が小学校低学年だったから、10年ぐらい前の話。テレビでちょうど深夜映画が始まった。
フランス映画のようで、退屈そうだが鮮やかな絵画のような映像に目を惹かれた。
 
すばしっこく夜明けの街を彷徨う少年モンド。
その振舞いや背格好が、ちょうどその頃の息子にそっくりで、画面に引き込まれていった。
 
息子もモンドと同じように、ひとりで街を風のように彷徨っていた。早生まれで身体も小さく学校の習熟度や周りについて行くのがやっと。そして似たような、ちょっと逸れた子の世界に仲間入り。バスケが好きで仲間と隣の街まで自転車でバスケをやりに行ったり。衝動に突き動かされるように走りまわっていて随分と心配した。いつの間にか車とぶつかって自転車の前輪がグニャグニャになっていたり。
 
でも僕も同じくらいの頃、血だらけになって家に帰ったりしたことが何度かあったから、親としては無事を祈るしかなかった。
 
運動神経は抜群で、自転車は3歳で勝手に乗れるようになり、続けてバイクも初めて乗った瞬間に乗りこなしていた。こいつ世界を獲れるぞ!と思ったぐらいだ。ただ世界を獲るには頭も必要だし、何よりも息子は欲が無かった。
 
ちなみにうちは、お金はキツかったけど、自転車やバイク、ラケットやボールなどは、キチンとしたものを買い与えた。
 
精度的にも強度的にもまともに走りそうにない安物の自転車で(大体タイヤが機能していない)、子供に教えているの見かけると、心底気の毒に思う。
 
ある日息子とキャッチボールをすると、重くて速い球を投げてきて驚いたこともある。いつの間にか、どこかで覚えてきていたのだ。
 
でも息子は学校でうまくやっていくポテンシャル不足で、ずいぶんと心配した。運の悪い事に先生にも恵まれなかった。これについては僕も乗り越えるのに苦慮した。
逆に娘は先生には恵まれたのは不思議なものである。
 
モンドはそんな息子の姿とオーバーラップし、また光溢れる映像美と、詩のように流れるフランス語のセリフがとても印象的な映画だった。寝ていたはずの娘が布団の中から出て盗み見していたのも、邂逅条件のひとつ。
 
モンドは最後…
やめておこう。
 
このブログのタイトルはこんな処から由来している。
 
Toujours Beaucoup いつまでも たくさん
 
そして僕のブログへのリコさんのコメントで驚いた。
フランス語で性的エクスタシーの事を「小さな死」というのだそうだ。フランス人の表現力には驚かされる。
 
まいった