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村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の旅」読み始めたとこ

村上春樹レビュー
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文庫化されたので読んでいます。
村上春樹さんの「色彩を持たない多﨑つくると、彼の巡礼の年」

文庫化されても随分と高価な本ですね。サラリーマンの一般的なランチ以上でしょうか。

村上春樹さんはもちろんのこと、百田尚樹さん、東野圭吾さんの本は錬金マシンなんでしょうね。

いきなり皮肉たっぷりな入りなのですが、このタイトル。
「色彩を持たない多﨑つくると、彼の巡礼の旅」
長いですね。
「多﨑つくるの巡礼の旅」もしくは「巡礼の旅」
川端康成だったら「巡礼」とでもするのでしょうか。逆に「雪国」が「小肥りな島村と、彼の雪国の旅」になっちゃいます。
この長いタイトルは今時のブログ風の、まるでSEO対応のようで、ひょっとしたら村上春樹さんのイタズラか皮肉なのかもと、邪推しちゃいます。

さて

まだ1/3ぐらいしか読んでいません。なかなかシフトアップできないというか、読み手のリズムに乗り切れません。
プロローグはかなり驚きました。
無限のピースのパズルを完成させるように、多彩な言葉を縫い上げていくような美しい文章なのが、村上春樹さんの魅力なのですが…
どうしたのでしょう。
多彩なピースが全く噛み合いません。  


しっぽり、やれちゃうんだぜ。しかもやってる最中に、「あなたのポコチンはレーゾンディートルね」とか言われちゃうんだぜ? なにそれ? レーゾンディートルってなにw? クソ意味不明なんですけどw ググる気にもなんないんだけど・・・。仮性包茎のこと? 
 ここでノックアウトされるものはハルキニストになり、ここで「ちっ」と舌打ちするものはアンチ村上に転ずる、と言われております。ボクは、舌打ちするほうだったのでアンチとは言わないまでも、そんなオシャンティーな村上作品に対し、どことなく嫌悪感を抱いておりました。齋藤孝氏が「これは僕のなめた孤独とは違う」と言っておったのが、大多数のアンチ村上の意見なのではないのでしょうか。
 さて、じゃあ本作は主人公、多崎つくるくんはどうかというと、これもまた案の定、孤独です。まず冒頭二ページでこんなんです。
 ―――用事のない限り誰とも口をきかず、一人暮らしの部屋に戻ると床に座り、壁にもたれて死について、あるいは生の欠落について思いを巡らせた。彼の前には暗い淵が大きな口を開け、地球の芯にまでまっすぐ通じていた。そこに見えるのは堅い雲となって渦巻く虚無であり、聞こえるのは鼓膜を圧迫する深い沈黙だった―――
 
 ぼっちです。これは共感がもてます。大学生なので深刻です。これは辛い自体です。しかし、いちいち言い方がおおげさなのが玉にキズです。暗い淵が地球の芯にまでって・・・いくらなんでも深すぎです・・・。しかも「渦巻く虚無」とか「深い沈黙」とか「生の欠落」とかいちいち出てくる単語が思春期こじらせた中学生が書いたブログに出てくる言いまわしみたいでイカ臭いです。「深い沈黙」が聞こえる・・・ってのも意味がわかりません。
 しかしそんな瑣末なことにいちいち目くじらを立ててもしょうがないでしょう。大事なのはなぜ彼がぼっちになったか?ということです。そこも読み始めてすぐに説明されます。高校時代に仲の良かった五人組と、突然「おまえとは縁を切る」と言われたらしいのです。 それ以来、人間不信に陥り、他人とうまく関係を築けなくなったということがわかってきます。
 と、ここまで読んでいくと、「泣けてくるほどのぼっち小説ではないか!」と思ってしまいますね。
 
 しかし、すぐにその予想は鼻先でピシャっとやられます・・・。読む進めていくうちに、「あ、これはおいらとは違う」といつもの村上カラーが炸裂してきます。20ページぐらいで主人公は恵比寿のバーで女と喋っています。もうどこかで見た光景です。しかもそのバーに入った理由が「とりあえずチーズかナッツでもつまもうと思ったから」です。こんな軽い理由で恵比寿のバーに入れる人間をボクは同じ血が通っているとは思えません。しかも、会話もこんな感じです。
 つくる「それが存在し、存続すること自体がひとつの目的だった・・・」
    「たぶん・・・」
  女 「宇宙と同じように?」
 つくる「宇宙のことはよく知らない」
    「でもそのときの僕らには、それがすごく大事なことに思えたんだ。僕らのあいだに生じた特別なケミストリーを大事に譲っていくこと。風の中でマッチの火を消さないみたいに」
  女 「ケミストリー?」
 つくる「そこにたまたま生まれた場の力。二度と再現することのないもの」
  女 「ビッグバンみたいに?」
 つくる「ビックバンのこともよく知らない」
 
 「け、け、け、け、け、ケミストリー・・・・!」「い、いま、なんつったこいつ・・・!?」「け、け、ケミストリー!?!?」「ま、まじか・・・そんな尻こそばゆい単語・・・始めて聞いたんだけど・・・なにそれ・・・すっごいむずがゆいんだけど」「背中ぞわぁってするんだけど・・・すごい・・・変な汗出てきたよなんか・・・」「しかも、なんかケミストリーって言ったあとで、風の中でマッチの火をどうたらこうたらって、すごい恥ずかしい比喩表現上乗せしちゃってるよ・・・。恥の上塗りだろこれ・・・なんだよケミストリーってこええよ」「こんなやつバーで隣にいたらタコ殴りにしてるよ・・・」「しかもなんかあれだよ・・・女の子がせっかく『それは宇宙なのかなぁ?』とか『ビックバンみたいな感じ?』って必死で合いの手を差し伸べてくれてんのに全部『それは知らない』の一点張りだよ・・・。会話合わせる気ねぇよこいつ・・・どんだけ宇宙ネタ嫌いなんだよ・・・・。こんなやつ絶対モテねぇよ・・・。

まさにこのレビューの通りなんです。
もともと村上春樹さんの文章はそういうところがあり、自慰に近い自己愛(主人公)表現、自己憐憫というのでしょうか。冗長なほどの比喩の多用。それらを計算つくされた文章で昇華させていたのですが。
例えば「1Q84」なんかは見事でした。古い読者も新しい読者も楽しめる多元性。時世を取り込んだうねりのような力。さまざまなメタファーも、真骨頂といった感じでした。
「色彩をもたない多崎つくると、彼の巡礼の旅」
おそらく心が色盲だった少年時代を持つ青年の回顧録かな、と予測していました。
どうやらそのようです。
ネタバレしますから控えますが、それに加えた村上春樹らしい料理法です。
プロローグの違和感は読み進むにつれ薄まっていきます。
マラソンでやっと足が動くようなってきた感じです。
でもまだ今ひとつペースに乗り切れません。そもそも僕は物語を、つまりページを画像を見るように読んで行くのです。脇見運転するようなものです。ところが、このストーリーはビッチ走法のように一言一句を丹念に読んで行かないと、引っかかって前に進めません。

そんなわけで、読み終えて所感があればまた。