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Toujours beaucoup

いつまでもたくさん

気がつくと貧乏な叔父さんになっていた

きのこの山」と「たけのこの里」どちらが好きかと聞くと、だいたい50%ずつになる。凄いことだ。チョコとビスケットではあるが、その構成の差に、はっきりと嗜好性が出る

<人工知能と人間の差>「きのこの山」と「たけのこの里」どちらが好きかを判定できるか?(mediagong(メディアゴン)) - BLOGOS(ブロゴス)

 
僕は「コアラのマーチ」が好きです。
そんな生き方をしてきました。
 
村上春樹さんの「貧乏な叔母さんの話」でこんなフレーズがありました。
「私にわかっているのは、人は頭の上にお盆を載せたまま空を見上げることはできないってことだけ」
彼女は言った。
「あなたのことよ」
1984年に----つまり1Q84だ----「中国行きのスローボート」の中のこの短篇を読んだ時は、よく意味が分からなかった。
文中から言葉を借りるならば、間違ったひきだしを開けてしまったような読感しかなかった。
どころがこの文章を書いた時の村上春樹さんの年ぐらいになってわかった。
 
「おれのことだ」
 
主人公の背中からいつの間にか貧乏な叔母さんが姿を消したように、「コアラのマーチ」を選ぶような生き方に疲れて、背中から「コアラのマーチ」を下ろしたような時期だった。
 
理想と生活の乖離に苦しむ日々。
でもそういうことだったんだ。
 
「盆を戴けば何を以て天を望まん」
【戴盆望天】 
頭に盆を載せたまま天を仰ぎみることはできないことから、手段や方法が目的に適ってないことのたとえをいった言葉。
司馬遷『任少卿に報ずる書』
気がつくと貧乏な叔父さんになっていた。