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Toujours beaucoup

いつまでもたくさん

50年と19回目の神経衰弱 天才の述懐

あの頃のあの曲 Rolling Stones

nme-jp.com

「時々思うんだ、ザ・バーズジェフ・ベック・グループ、フェイセズにいた時のキャリアは、丸ごとザ・ローリング・ストーンズに加わるための長いオーディションのようなものだったってね。自分はザ・ローリング・ストーンズのメンバーであるのと同時にファンでもあるといまだに思っているんだ。1963年のリッチモンド・ジャズ・アンド・ブルース・フェスティバルのテントから湧き上がるようなあいつらの音が流れて来たのを初めて聴いた時、自分の中に何かが生まれて、これが俺の入りたいバンドなんだと悟ったよ」


当時はロックなんてそのうち陳腐化して消えると思われていただろう。保守層の拒絶反応も猛烈だったし、酒池肉林から俺たちの音楽は生まれるくらいに考えられていたんじゃないかな。

詩人は21で死ぬし、革命家とロックンローラーは24で死ぬ。それさえ過ぎてしまえば、当分はうまくなんとかやっていけるだろう、というのが我々の大方の予測だった。
伝説の不吉なカーブ(デッドマンズカーブ)も通り過ぎたし、照明の暗いじめじめとしたトンネルもくぐり抜けた。あとはまっすぐな六車線道路を(さして気は進まぬにしても)目的地に向けてひた走ればいいだけだ。
我々は髪を切り、毎日髭を剃った。我々はもう詩人でも革命家でもロックンローラーでもないのだ。酔っ払って電話ボックスで寝たり、地下鉄の車内でさくらんぼを一袋食べたり、朝の四時にドアーズのLPを大音量で聴いたりすることもやめた。つきあいで生命保険にも入ったし。ホテルのバーで酒を飲むようにもなったし、歯医者の領収書をとっておいて医療控除を受けるようにもなった。
なにしろもう28だもんな。

村上春樹「ニューヨーク炭鉱の悲劇」


事実、多くの詩人や作家が死んだ。ロックンローラーもアルコールの煙るドラッグの中風呂で溺れ死んだ。革命家はお互いを殺しあった。

ところがどうだ?あれから50年たってもストーンズは現役だ。おまけに全く色褪せていない。もちろん彼ら自身も、50年後もバンドをやっているなんて夢にも思わなかっただろう。
*もちろん生き残ったメンバーに限られた話だが。

生き残った革命家はいまだに世界のどこかに隠れている。革命は陳腐化したのだ。

ロックはどうだ。キースのギターは、あの頃の血を吸った刃物のような凄みはない。でも長い旅を経た枯れ野を彷徨うような深いサウンドには陶酔してしまう。色褪せていないし、全く違った円熟味のある味わいになっている。

料理も鮮度が高いのもいいが、熟成させて腕のある料理人が手をかけたものはまた格別な味わいがあるのに似ている。

彼らはもう、ホテルの部屋に手当たり次第に女の子を引っ張り込んだりしないし、ロンドンが自分たちが好きなようにできる美しい街なんて思ってもいない、夜をぶっ飛ばしたり神を冒涜するような歌詞も書いたりしない。


ローリング・ストーンズ - Wikipedia

ストーンズの来歴を読んでもらいたい。まるで「カラマーゾフの兄弟」のようだ。

Если Бога нет, все позволено
神がいなければ、全てが許される


いまだにアルコールと競争しているメンバーもいる。もう大きな敵と戦う気もないだろう。
彼らの今の夢はなんだろうか。

2006年、北朝鮮金正日の息子・金正哲招請したエリック・クラプトンコンサートの平壌開催が実現しなかったため、韓国側からローリングストーンズの平壌公演が打診され、メンバーも開催に肯定的だったとされた。しかし、北朝鮮側から逆に「退廃的すぎる」とされて実現しなかったと伝えられた。


退廃的過ぎる、というのが実にいい。

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