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Toujours beaucoup

いつまでもたくさん

親友交歓 2015

「親友交歓」−太宰治

昭和21年の9月のはじめに、私は、ある男の訪問を受けた。

 


フェイスブックで友達申請してきた憶えのない同級生で思い出してしまった。
同級生に必ずひとりはいそうな、ありふれた名前。プロフィールを覗くと出身校は同じで、しかもクラスも隣かもしれない。
 
でもそれはいい。名前を思い出せない知人に会った時のようにそのうち思い出せるだろう。
 
でも問題は、彼は歩いている道があまりにも違う。渋谷駅の複雑さくらいに。
 
彼がぐいぐいと襟元を掴むように、懐に汗臭く飛び込んできたらどうしよう。
 
「おまえも東京では女でしくじったのか!」大声でにやりと笑った。「あの頃はな…」
「俺は政治はきらいだ。」話題は唐突に政治に飛ぶ。「われわれ百姓は、政治なんて何も知らなくていいのだ…
しかし僕はその時極めて軽薄な社交家だった。毅然たるところは何ひとつなかった。
 
ある日突然現れた同級生を名乗る男は、同窓会を口実に金を無心し、貴重な酒を散々たかり、妻にセクハラをし、傍若無人に振る舞う。
 
そんな「親友交歓」の一節を思い出した。
ネットリトラシーの低さは致命的になる時がある。SNSであまりに無防備で無頓着なコミュニケーションを迫られると困ってしまう。
また自分の言動や態度が未必のうちに人を傷つけたり、気分を害している事もあるだろう。
 
 
「親友交歓」のラスト。
去り際にその男は、烈しい口調でこう囁いた。
 
「威張るな」
 
 
 
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