Toujours beaucoup

いつまでもたくさん

高3の3学期

中島みゆきさんには敵わないけど、自分も筋金入りの吉野家信者だ。 
そんなわけで娘とすき家に行ってきた。吉野家はひとり旅の聖地だから女子供を連れて行くわけにはいかない。
「中盛りと並皿」
ざけんなおっさん…

だよねえ…
「中盛りと牛皿の並」

娘は
「高菜明太マヨ牛丼」
「サイズは並でよろしか…

タカナマヨギュウドンだって?
世の中なめてんのか?あん?

まあいい、宗教は自由だ。
吉野家原理主義者としてはそんなマチュピチュ人みたいな牛丼は認められんが。
(ちょうどペルー人風ファミリーがいたし)

センター試験も終わり、志望校へ願書も出した。受験の宿の手配も終わり軽いミーティング。
軽く自分の受験記を話しながら、諸々確認してみた。相変わらず酷い方向音痴らしく、タクシー手配をホテルに頼むことを決意した。それも予想して徒歩圏内のホテルに予約してあった。
ロックコンサートに行くのとは訳が違う。
並行して卒業式の流れ。

「3/1?」
「2/28」
そうだよな

何だかんだで早かった。
高3のこの時期って受験モードはもちろんだけど、惜別へのカウントダウンへ向かう独特な寂寥感があり、とても印象的で今でも思い出す。
当時は共通一次試験が終わり2月に入ると私学の受験が始まり、学校へ行っても「今日は誰が来てるのかなー」そんな感じになる。
であっというまに卒業式。
予科練の卒業式みたいなもんで、それ以降は戦果がない限りは、学校へ行けなくなる。
自分は特攻に失敗して喜界島に不時着したようなもんだったので、行方不明者扱い。つまり戦果報告不履行(笑)

結果はともあれ受験の旅というのも印象深い思い出になる。
そんな話をした。

すき家だったけどね




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