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Toujours beaucoup

いつまでもたくさん

貧乏な叔母さんの一節

村上春樹

 「頭の上に盆を載せたまま空を見ることはできないのよ。あなたが言っているのはそういうこと」

 [盆を戴きて天を望む]
 同時に二つのことを成し得ないことのたとえ。
盆を頭に載せると天が見えず、天を見ようとすれば盆を頭に上に載せることはできないことから言う。司馬遷の「任小卿に報ずるの書」に「僕以為、盆を戴かば何を以って天を望まん。故に賓客の知を絶ち、室家の業を亡わすれ、……務めて心を一にし職を営み、以て主上に親媚せんことを求む」とあるのによる。司馬遷は、盆を頭から取り去って(友人や家のことを忘れて)、主上の気に入るように職務に励んだのである。

中国行きのスロウ・ボート
タイトルにもなった青春廻航のようなお話

「貧乏な叔母さんの話
初めて読んだ二十歳を越えたくらいの頃は話を楽しめなかった。50代を目前にした今はとても親近感がある。つまり「貧乏な叔母さん」に対して僕は「ちょっと残念な叔父さん」になってしまったからだと思う

「ニューヨーク炭鉱の悲劇」
ちょっとニヒルな表現に若い頃ははまった。

カンガルー通信」
不思議な詩の中のようなストーリー

「午後の最後の芝生」
佐野元春の詩の一節を思い出した。
「土曜の午後仕事で車を走らせていた。ラジオから流れるサキソフォン、昔よく口ずさんだメロディー」

「土の中の彼女の小さな犬」
誰しも持つ幼少期の切ない思い出を綴っている。

シドニーのグリーン・ストリート」
シドニーダウンタウンはイギリスのダウンタウン出身者の街だろう。
ダウンダウンタウン

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