Toujours beaucoup

いつまでもたくさん

ある気持ちのいい朝のこと

 1995年1月17日の朝、TV画面は燃え狂う炎に包まれていた。人々は地面の底が抜けるような天変地異に逃げ惑い立ち尽くした。そして一連の出来事を事実として認めつつあるある、しばらくったある朝のことだ。

 3月20日月曜の朝。心模様は人それぞれあれど、表面上は何ひとつ変わらないある一日だった。首都の中枢に向かう地下鉄に、月曜の朝には似つかわしくない連中が乗り込んできた。気持ちの良い晴れた朝だというのにビニール傘を持っている。

 世界中を震撼させた地下鉄サリン事件。自然災害は天命のように時が経てば受け容れる事ができるかもしれない。ところがこの無差別テロは人々を恐怖のどん底に叩き落した。実行犯は高度に訓練されたテロリストではなかった。まっとうな家庭に育ち高度な教育を受けた…即ち被害者の方々と同じ立場に居るべき人間たちだった。その事実がさらに人々に動揺を与えた。

 2012年の今、日本は崖っぷちに手をかけてぶら下がっている状態なのかもしれない。1995年の悲劇の数年前。時はバブルでユートピアのような丘の上を駆け回っていた。慧眼出来るものにはいつかは終わりがあると分かっていたはずだ。そしてバブル崩壊、阪神淡路大震災地下鉄サリン事件と未曾有の惨事がおき、我々の社会は実はあまりに不完全なものだったと気がつき始めた。ユートピアなんて存在せず崖っぷちは迫っていたということだ。

 現われた崖っぷちは突然だった。リーマンショックが全世界を襲った。そして何とか踏みとどまりかけたところに東日本大震災がおき足下は崩れさった。今は崖っぷちに手をかけてぶら下がっているような状態だ。いつかは力尽き手は離れる。あるいは這い上がる事ができるのか?指先がしびれてきてはいないか?手が離れたあとはサバイバル要素が強い人間力の有無が生死を分けるだろう。社会は護ってくれないと思う。

 社会が産み出した膿を上手く再生利用したカルト集団から、地下鉄サリン事件の実行犯は産まれた。不完全な社会ではあるがきっといつか上手くいくのであろう。そんな希望にすがって生きてきた我々に、我々とは別の王国を形成していた揺ぎ無い信念が−彼らにとっては正義だ-無差別テロとなり牙をむいた。

 悲劇を風化させないよう教訓にし、犠牲者の方々のご冥福をお祈りしたいと思います。なぜ彼らが産み出され一大脅威として存在したのか?それを考える事で社会の不完全さに目を向け是正していくべきだと思います。

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