Toujours beaucoup

いつまでもたくさん

神々の糧

いくつもの命の火が消えるのを見守ってきた。深いしわの中に隠れた彼の目は、まるで厳しい冬の大河を見つめているようだった。

レースに人生を捧げたドクター・コスタ医師は、次のように言う。

「ああ言う若者が亡くなると、とことん辛いものです。深く考えさせられ、レースと言うのは危険なものではない等と言う幻想を打ち砕くような出来事でね。日頃は避けようとしている物事も、こう言う時は受け入れざるを得なくなる。まず、最初に来る反応は理由を探そうとすること…誰かの、そして何かのせいにしてしまおうとすること。悲惨な出来事への恐怖に何とか打ち勝とうとしてね。私達のように…いずれは死んでしまう者らにとっては自然な反応ですね。しかし、シモンチェッリ選手のご家族などは、悲劇をも受け入れることは可能なだと示してくれてましたけどね。」

「この若者らは一番好きなことをしながら亡くなったのだから…と言う考えに、私達はしがみつこうとするわけですが、しかし、それですっかり慰められはしないでしょう。何らかの慰めがあるのだとしたら、それは抽象的なもので…つまり、マルコやオスカーが夢を追う途中で亡くなったのだと言うような、彼らが抱いていた情熱は神々の糧なのではと。死や天国の向こうに何らかの場所があると…私は思うんですよ。今、彼らが辿り着いている場所がね。シモンチェッリ選手は今なお多くの人々の胸の中に生きているし、マッキンタイヤ選手もそうであるでしょう。夢を追う途中で命を落とした者と言うのは、最も大きな勝利を獲得するものなのです。命のあらゆる真正を示した勝利ですね。」

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