Toujours beaucoup

いつまでもたくさん

夢枕

 夢の中にカルロス・ゴーンさんが出てきた。指を2本、3本と出して「ニッ サーン!」なんてふざけていた。そして「イッパイ タベテクダサーイ奇怪な生物が多種入った水槽をプレゼントしてくれた。どういうことだ?(笑)
 ゴーンさんはじめ、色々な人が出てきて色々なシチュエーションになり、何だかとても愉快な夢だった。コザ市(現沖縄市)の路地から見える海、港、フェリー、運河、廃墟の秘密基地、レストランランチ、座敷でゴーンさん。いったい何なんだ?


まいったな、今朝の夢

 懐かしい景色と懐かしい人びとで愉快な夢だったんだけど、沖縄の事まで出てきておかしいと思ってたんだ。実家の母から「Hがなくなったよ。Sさんが(Hの父)大泣きしながら電話してきたよ」Hは僕の沖縄時代の一つ上の盟友だ。大腸癌を患っていたらしい。なんだよ馬鹿野郎。
 
 映画に出てくるイタリアンファミリーのような快活な家族で死のイメージは微塵もなかった。運命はあいかわらず残酷だ。訃報を聞いてなんだか暗い穴倉に引きずりこまれるような気分だ。今はあの日あの時の記憶を懸命に掘り出している。H・T。T家とは三軒隣だったのかな?
 4DK平屋RCの双生児のように似た家がならぶ一角。典型的な水不足な沖縄の家で屋上には貯水タンクがある。直ぐボウフラがわくから飲んではいけない。袋小路のような住宅群の裏には一面のさとうきび畑。休耕期には秘密基地を作りロケット花火で戦争だ。そして外れには広場がある。

 轟音に空を見上げればジュラルミンに太陽の光を反射させながら米軍機が飛ばしていった。

 広場では集まった連中で野球だ。二人でもやったし外野が五人くらいることもあった。広場の外れにはヒューム管が二本あっていこいの場になっていた。焚火がデフォルトだったような気がする。冬場は焼き芋。夏は時々焼き蝉を。一種の珍味だね。熊蝉の羽をむしって焚火に放り込む。
 
 油蝉は内臓が悪くなるから食べちゃだめだ。そもそもマズイらしい。頃合いをみて黒焦げのを取り出しでパくっと割る。中身は空で羽の筋肉の白いとこしかなく爪先ほどのそれを味わうだけ。山ほどいたアフリカマイマイも、食べたら肝臓やられるらしいのもあるしグロテスクだから爆破対象でしかない。

 T家には我が家のように出入りしていた。なぜかT家のトーストはいつも黒焦げでその中でほろ苦さがデフォルトだった。そしてわれわれ町内のクソガキどもはゴンズイの群れのように彷徨っていた。ある日Hが唐突にプラモデルを買いに行った。我々も同行する。Hは家の隅に直帰しプラモを作り出す…
 
 そこへHのマンマがカチこんでくる!Hはブッ飛ばされプラモも木っ端微塵だ!Hはマンマのお財布からお金をパチったんだ!様子がおかしいと思ったんだ! さよならH!馬鹿野郎!